2023 0517

 いま、勤める会社には同期の女の子が1人いる。小柄かつ少し猫背気味で、黒縁のめがねを掛けている。彼女は、いつも朝礼の5分ほど前に出社する。ぼくは到着が早めだ。出社して、まずは、遮光のブラインドカーテンを開ける。開いたカーテンから会社の前を通っていく彼女を見た。いつも遅めの彼女が、今日は8時前には姿を見せた。余裕を持ってくるように上司に言われたのだと思った。しばらくして、おはようございますと彼女はオフィスに入ってきた。そのまま彼女は、僕の座席近くにいた社長の所へ行き、来月に辞めると言った。理由を聞かれた彼女は、仕事以外のことを話せたり年の近い人がいないからだと言った。「おるやん」と社長はぼくを指差した。ぼくは、視線はパソコンに固定したまま微笑で反応した。そのあと、お昼前に会長が来た。会長は、彼女を呼んだ。彼女と社長、会長で席を立っていった。会長がその場を去ったあと、彼女はふたたび「私がここを辞める気は変わらないので」と社長の席に来て言った。前から見た目によらず、ハキハキしているところがある子だとは思っていたが、今日は感心してしまった。そこからの、その子の表情とか声色に見たことがなかった明るさが帯びていたように思う。言おうか言わまいか、言うならいつ、どんな言葉でいうのか逡巡もしただろうし、彼女が朝早くに来たのだって皆がいる前で言うことに躊躇いを覚えたからだろう。

 分からなかったらいつでも聞いて下さいは嘘である。1言ったら10分理解しろと薄ら思われながら働いている。いつでも聞いて良いはずがない。いま、ぼくは会社における自分のことを頭数に入れていない。まず、業務を説明されてもよく理解できない。差し出された指示をどういう風に進めればいいかも判然としない。とにかく指示の不明瞭さと僕自身の脳みその処理速度の遅さがこのカオスを生んでいる。不明瞭であればこちらが理解できるまで説明する時間と能力が今のぼくの教育係にはない。クソだと言えばクソである。けれど辞めるほどでもない。その場その場に適したサボり方さえ見つけ出せば楽だし、昼間の公園休憩も悪くない。嫌な人もいない。みんな、仕事をしている。こうした日中は、なぜ、自分がこの身体と意識を持って生を受けたのか全く分からなくさせる。自分じゃなくて全く問題が無い。意味みたいなものを追い求めだすと苦しくなるし、全く求めない態度に居直ることもできない。愛は時間がかかる。