2023 0828

「空のそんな全面的な平等性、完全な公平さ、われわれの生きる時間にも空間にもまるで関わりのない不変、ただし鉱物の不変ではなくつねに運動と変化にみちた恒久に、救われた思いをしたことのない人は少ないだろう。そう書きつつ、ぼく自身は十年前に住んでいたアリゾナの砂漠を思い出し、そこで燃える闇としか呼びようのない夜の青空の下で涸れ川を歩きながら、いっそう遠いサハラ砂漠の夜についてポール・ボウルズが記した文章のことを考えていたことを、たったいましがたの記憶のようにまざまざと想起する、すると乾いた花粉の匂いが鼻につく。ぼくには神学は必要なく、哲学も叙情詩もいらない。けれどももし、たとえばこのあまりに圧倒的な空について、あるいは海について、森について、太陽と火災について、大地と鉱物の転成について、何事かを語ってくれる言葉があるなら、それに耳をかたむけたいと思ってきた。そうしたエレメントのからみあいに、日々のもっとも根源的な実在を感じるからだ。そして言葉という過剰は、ヒトにとって、リアリティとの齟齬を刻々と埋めてゆくための覚醒のきっかけでなければ何だろう?」管啓次郎『エレメンタル批評文集』p,295~296